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仙台高等裁判所秋田支部 昭和31年(ナ)3号 判決 1956年11月12日

原告 小山内義光

被告 青森県選挙管理委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「昭和三十一年二月二十五日執行の木造町議会議員の一般選挙の第四選挙区に於ける当選の効力に関する訴願人須藤正十の訴願に対し、被告委員会のなした同年六月十七日附裁決を取消す、右選挙に於ける小山内永吉の当選を有効とする、訴訟費用は被告委員会の負担とする」旨の判決を求め、その請求の原因として、

第一、原告は昭和三十一年二月二十五日執行の木造町議会議員の一般選挙の第四選挙区に於ける選挙人であるが、右選挙区の議員定数は六名にして、訴外渋谷巽、福島泰二、小笠原文造、江良健太郎、石沢潔、小山内永吉、須藤源四郎、渋谷善太郎、太田直次郎及び奈良忠蔵の十名が立候補し、開票の結果、選挙会に於て候補者小山内永吉の得票数は二百四十四票、候補者須藤源四郎の得票数は二百三十五票で、前者を最下位当選者、後者を最高位落選者と決定した。しかし、右選挙区の選挙人である訴外須藤正十は同年三月六日木造町選挙管理委員会に対し小山内永吉の当選の効力に関する異議の申立をなしたところ、同委員会に於て同年四月九日右異議の申立を棄却する旨の決定をなしたので、更に同月十八日被告委員会に対し訴願を提起した。しかるところ被告委員会は選挙会に於て無効投票となした投票の中、

(イ)  「シイワ」と記載の投票(検第二号)

(ロ)  「ト」と記載の投票(検第三号)

(ハ)  「」と記載の投票(検第四号)

(ニ)  「」と記載の投票(検第五号)

(ホ)  「」と記載の投票(検第六号)

(ヘ)  「」と記載の投票(検第七号)

(ト)  「」と記載の投票(検第八号)

(チ)  「スト」と記載の投票(検第九号)

(リ)  「スーゲスロ」と記載の投票(検第一〇号)

の九票と「げしろう」、「」、「スと」、「ト」、と記載の投票各一票計十三票はいずれも候補者須藤源四郎の有効得票、同じく選挙会に於て無効投票となした

(ヌ)  「」と記載の投票一票(検第一五号)

は候補者小山内永吉の有効得票、選挙会に於て候補者小山内永吉の有効得票となした前記二百四十四票中、

(ル)  「」と記載の投票一票(検第一号)

は無効投票、候補者石沢潔(第五位当選者)の得票二百六十二票中に混入している「いきつ」と記載の投票一票は候補者小山内永吉の有効得票、となすべきであるとそれぞれ判定し、結局候補者須藤源四郎の得票数は二百四十八票、候補者小山内永吉の得票数は二百四十五票となるから、前者を最下位当選者、後者を次点者となすべくしたがつて前記町選挙管理委員会が候補者小山内永吉の当選を有効となしたのは失当である、との理由を以て同年六月十七日附を以て「昭和三十一年二月二十五日執行の木造町議会議員の一般選挙の第四選挙区に於ける当選の効力に関する異議申立人須藤正十の異議に対し同年四月九日木造町選挙管理委員会のなした決定は之を取消す右選挙に於ける小山内永吉の当選は無効とする」旨の裁決をなし、右裁決書は同月二十一日右訴願人須藤正十に交付された。

第二、しかしながら、被告委員会が前記(イ)乃至(ル)の投票十一票の効力につきなした前記各判断は左記の理由によりいずれも失当である。すなわち、(イ)及び(リ)の投票はいずれも候補者の何人を記載したるかを確認し難いものであり、(ロ)の投票は「スト」と記載されているが第一字「ス」の右側に「」なる他事を、(ハ)の投票は第三字「源」の左側に「」なる他事を、(ニ)の投票は第二字「と」の左側に「」なる他事を、(ホ)の投票は「すと」の記載の下部に「」なる他事を(ヘ)の投票は第二字「藤」の次に「」なる他事を、(ト)の投票は第一字「シ」の左側に「」なる他事を、各記載したるもの、(ヌ)の投票は他事を記載したるもの、であつていずれも無効の投票であり、(チ)の投票は候補者の何人を記載したるかを確認し難く、仮りに第一、二字「スト」の記載が候補者須藤源四郎の氏を記載したるものであるとしても、右第二字「ト」の下部に存する「」なる記載は他事を記載したものと認められるから無効にして、(ル)の投票は選挙人が候補者小山内永吉に投票する意思で記載した投票と認められるから同候補者に対する有効投票と認めるべきである。

第三、されば候補者小山内永吉の得票数は二百四十四票、候補者須藤源四郎の得票数は二百三十九票にして、候補者小山内永吉を以て最下位当選者、候補者須藤源四郎を次点者となすべきこと明白であるから、被告委員会の前記裁決は違法にして取消さるべきものであると、述べた。(証拠省略)

被告指定代理人は主文と同趣旨の判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因事実中第一の事実は認める。原告主張の(イ)乃至(リ)の投票は、いずれも候補者須藤源四郎に対する有効投票と解すべきであり、(ヌ)の投票は書損を抹消したものであつて有意の他事記載となすべきではないから候補者小山内永吉の有効得票となすべく、又(ル)の投票はその字体から見て型紙を逆に使用して記載したものであること明らかであるから無効投票と解すべきである。故に被告委員会の前記裁決には原告主張の如き違法の点はないと述べた。(証拠省略)

理由

原告主張の第一の事実は当事者間に争がない。よつて検証の結果を参酌しつつ原告主張の各投票の効力について順次判断する。

「シイワ」と記載の投票(検第二号)について。此の投票は第一字は明らかに「シ」と記載されているけれども、第二字は「イ」なるか「ト」なるか、第三字は「ワ」なるか「ク」なるか明諒ではないが、その筆跡の至つて稚拙な点より考えると、第二字は「ト」の字を右に傾けて記載したるもの、第三字は「ウ」の字の誤記と認められ、かつ候補者中に「シイワ」又は「シイク」に類似する氏又は名を有する者がないし、青森県人には「ス」を「シ」に訛つて発音する者が多いことは顕著な事実であるから、この投票は候補者須藤源四郎の氏を訛り且つ誤記したるものと認め、同候補者の有効得票と解するのが相当である。

「ト」と記載の投票(検第三号)について。此の投票の記載は明らかに「スト」と判読し得るものである。原告は右第一字「ス」の右側に存する「」なる記載は他事を記載したものであると主張するけれども、右「」なる記載は、その筆色が右「スト」の二字に比し一段と淡いこと及びその形体などから徴して、意識的に他事を記載したるものとは到底認められず、むしろ「スト」と記載するに際し不用意の中に鉛筆が投票用紙に接触して生じた痕跡と認められるから、原告の右主張は採用できない。

「」と記載の投票(検第四号)について。この投票は記載者に於て第一、二字「須藤」と記載し第三字目を「源」と記載せんとして書損じたため之を抹消し、その右側に「源」と書改めた上続いて「四郎」と記載したるものと認められ、何等有意の作為にでたものと窺うに足るものがないから、候補者の氏名の外に他事を記載したるものと解すべきではない。

「」と記載の投票(検第五号)について。此の投票は、その筆跡の稍拙劣な点より見て、「すとうゲすロ」と記載せんとして第二字「と」を書損じたため之を抹消し、その右側に「と」と書改めたものと認められるから、他事を記載したものに該らない。

「」と記載の投票(検第六号)について。この投票の第二字「と」の右下に存する「」なる記載は、この投票の記載文字の至つて拙劣幼稚なる点より考えると、この投票の記載者は文盲であつて「すとう」と記載する意図の下に「すと」とまで漸く記載したが「う」の字を書き得ず、之を書かんと努力している中に「」なる筆跡が生じたるものとも解せられるし、又その形状等から徴しても意識的に何等かの暗示を表示するために記載したるものとは到底認め得ないから、右の記載を以てこの投票を無効ならしめる他事記載となすことは相当でない。

「」と記載の投票(検第七号)について。此の投票の「藤」と「源」の記載の中間に存する「」なる記載は、その形状、位置などからみて、記載者に於て「須藤源四郎」と記載するに当り、「源」の字を書損じたため之を抹消したるものと認められるから、有意の他事を記載したものとなすべきではない。

「」と記載の投票(検第八号)について。この投票に記載された「シト」の「シ」の左側に存する「」なる記載は、その筆跡形状、位置などから考えると書損じを抹消したるものと認められ、何等有意の作為によるものと窺うに足らないから、右の記載を以て他事記載と解することは相当でない。

「スト」と記載の投票(検第九号)について。この投票の第一、二字は明らかに「スト」と記載されており、第三字はこの投票の記載文字の稍幼稚なる点より見て、「ウ」の字の第一画を第三画の内側に誤つて記載したものと認められる。しかして候補者中に「スト」の音に類似する氏又は名を有するものは候補者須藤源四郎の外には存しないから、此の投票は同候補者の氏を誤記したるものと認め、同候補者への有効投票と解すべきである。原告は第三字「は他事を記載したものであると主張するけれども右「」は他事を記載したものであると主張するけれども右「」の記載は前記の如く「ウ」の誤記と認めるのが相当であるから、右主張は到底採用しがたい。

「スーゲスロ」と記載の投票(検第一〇号)について。この投票は第一字は「ス」、第三字以下は「ゲスロ」と記載せられており、又その筆跡の幼稚な点より考えると第二字「ー」は「ト」の字の第二画を誤つて書落したものと認められる。しかしてかく解するときはこの投票の記載は「ストゲスロ」と判読し得るものであり、青森県人には「源四郎」を「ゲンスロ」又は「ゲスロ」と訛つて発音する人の多いことは顕著な事実であるから、此の投票の「ゲスロ」前記検第五号投票の「ゲすロ」なる各記載部分は「源四郎」を右の如く訛つて発音する選挙人がその訛に従つて右の如く記載したものと認められ、候補者中他に「ゲスロ」の音に類似する氏又は名を有する者がないから、これらの投票は候補者須藤源四郎の有効得票と解すべきである。

「」と記載の投票(検第一五号)について。この投票に記載せられた文字の稚拙な点からみると、この投票の記載者は「オサナエ」と記載する意図の下に「オ」の字の第一画を記載しかけたが意に満たないため之を抹消し、その下に「オサ」の二字を記載し第三字目を「ナ」と記載すべきを誤つて「エ」と記載したので之を抹消し、その右側に「ナ」と書改め次いで「エ」と記載したものと認めることができるから、候補者小山内永吉の氏の外他事を記載したものとなすべきではない。

「」と記載の投票(検第一号)について。此の投票は「オサイ」の三字をいずれも左逆書にしたものであるが、右三字はいずれも、その字体、筆勢、筆色等に徴し切抜型紙を逆に使用し、その切抜型をたどつて記載したものと認められる。したがつて此の投票の記載者に於て候補者小山内永吉に投票する意思を以て記載したとしても、右の如き手段による記載は公職選挙法第六十八条第六号にいう候補者の氏名を自書しないものに該当し、無効と解すべきである。

されば原告主張の各投票の効力につきなした被告委員会の判定はいずれも正当で、候補者須藤源四郎の得票数は二百四十八票、候補者小山内永吉の得票数は二百四十五票となること明白であつて、前者は最下位当選人たるべく、後者の当選は無効であるといわねばならない。よつて、これと同旨の被告委員会の前記裁決は相当であつて、右裁決の取消を求める原告の本訴請求は理由なく、失当なるを以て棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 松村美佐男 浜辺信義 兼築義春)

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